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日本の明星食品がいなければ「ブルダック炒め麺」は存在しなかった…韓国初のインスタント麺を救った「あり得ない神対応」 [きつねうどん★]

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1きつねうどん ★
垢版 |
2026/10/24(土) 13:00:21.45ID:VRpByaCf
韓国カップ麺の元祖「三養食品」
日本にどれほどのカップ麺が存在しているのか、その数字を正確に把握している人間は存在しないため、問屋やメーカーさえも把握していない。ただ、日本のカップ麺市場には毎年1000種類以上もの新商品がリリースされている、という説が有力だ。

まさに「日本の国民食」として、老若男女の生活に根付いているカップ麺。なかでもコンビニは新作の主戦場であり、毎週のように新商品が入れ替わる超激戦区となっている。

しかし、長年にわたり国内の大手メーカーが切磋琢磨してきた日本のカップ麺市場において近年、目覚ましい台頭を見せているのが韓国のカップ麺だ。なかでもこの数年で圧倒的な存在感を放つようになった、韓国を代表する食品メーカー・三養食品(サムヤン、Samyang)について、どうしてもお伝えしたい重要な歴史がある。

韓国のインスタントラーメンといえば「辛ラーメン」で知られる農心(ノンシン、NONGSHIM)を真っ先に思い浮かべる人が多いだろう。しかし、三養食品は1963年9月15日に韓国初のインスタントラーメン『三養ラーメン』を発売している大ベテラン。

農心が「辛ラーメン」を発売したのは1986年10月なので、三養食品はその23年も前からインスタントラーメン事業に取り組んでいたことになる。

食糧難の韓国を救うために…
ただ、1985年に農心が三養を追い抜き、韓国のインスタント麺市場No.1に君臨。実は「辛ラーメン」が発売される直前、すでに韓国ではマーケットシェアトップの座を奪われていた。

そんな過去の持ち主でもある三養食品だが、2012年4月13日に激辛仕様の「ブルダック炒め麺」を発売。商品自体の歴史は比較的に浅いものの、現在は日本でも「辛ラーメン」に次ぐ勢いで認知されているため、そう考えると知名度の広がり方には目を見張るものがある。

さて、今では同社の代表的なブランドとなった「ブルダック炒め麺」だが、その製造者である三養食品の歴史を遡ると、日本の「明星食品」に行き着くことをご存知だろうか。

韓国初のインスタントラーメン「三養ラーメン」が発売された1963年当時、韓国の人々は戦後の深刻な食糧難に悩まされていた。朝鮮戦争の休戦協定は1953年7月27日に締結されたものの、1963年は軍政から民政への移行期にあたり、社会全体が非常に貧しかった。

当時、一杯5ウォンの「残飯がゆ」を食べるため、長い列をつくっていたソウルの人々を目の当たりにし「庶民の空腹を解決しなければならない」と強く決意したのが三養食品の創業者である全仲潤(チョン・ジュンユン)氏だった。

「技術料もロイヤルティも要らない」
チョン氏は以前、日本を訪れた際に食べたインスタントラーメンのことを記憶しており“これこそが韓国の食糧問題を解決できる唯一の道”だと考え、政府から5万ドルの資金を確保。それを元手に、日本のメーカーから機械などの設備や技術を導入しようと考えた。

しかし、当時の日本にとってもインスタントラーメンは最新鋭の技術であり、各企業のトップシークレット。自社の根幹をなす技術を、そう易々と開示するような企業など存在するはずもなかった。

——が、そのような状況において、唯一手を差し伸べたのが明星食品の初代社長を務めた奥井清澄(おくい きよすみ)氏だった。

つづき
https://gendai.media/articles/-/172198
2Ψ
垢版 |
2026/10/24(土) 13:38:45.27ID:H6SWSIp3
そもそも日清の安藤百福が生み出したもんだろ。
明星はその苦労をタダでばら撒いたクソだぞ?
偉くもなんともない。
3 警備員[Lv.5][苗]
垢版 |
2026/10/24(土) 16:39:56.44ID:WjINK0MX
韓国が一番のクソ
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