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空中に浮いているトイレって? 超マニアック!「大便器」「小便器」が描かれた絵図 [きつねうどん★]

1きつねうどん ★
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2026/10/22(木) 12:40:48.57ID:wJpzkgIj
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独りになることができて、静かで落ち着く空間といえば・・・「トイレ」を挙げる人も少なくないはず。

その昔、熊本城の「トイレ事情」はどうだったのでしょうか。

狭い部屋に長方形の印
熊本市の熊本城調査研究センターで歴史を担当している木下泰葉さんによると、トイレは江戸時代から熊本城や様々な屋敷にあったとのこと。

手がかりは建物の平面図です。

古い平面図に目を凝らすと、小さな四角の部屋の中央に長方形が描かれています。

実はこれがトイレを意味しています。

便器によって異なる「形」
さらに他の絵図を見ると、長方形が描かれた部屋の隣の壁際に小さな台形が描かれているものもあります。

木下泰葉さん「部屋の中央にある長方形が大便器、壁にある台形が小便器と考えられています」

木下さんによると、藩主やその家族が暮らした花畑屋敷には、多くの女性たちが生活していたエリアがありますが、そこにはやはり小便器はなかったようです。

では熊本城の天守閣のトイレは・・・。

こんな状態のトイレってあり?
熊本城の天守閣のトイレは、なんと!空中に浮いている状態だったのです。

石垣からはみ出して造られ「空中雪隠」と呼ばれていて、大天守1階にあります。

「雪隠」とはトイレの意味です。

江戸時代の絵図である「御天守方御間内之図」には、二つの部屋にそれぞれ「セツイン」と書かれているため、トイレが二つあったことが一目瞭然です。

2016年の熊本地震前の空中雪隠は、二間続きにそれぞれ小便器と大便器を設置していたそうですが、地震後には忠実に復元するため、絵図通りに入口を二つに分けています。

「担当者」が持っていた鑑札が現存
また当時のトイレはもちろん水洗ではありませんので、「汲み取り」を担当する人がいました。

熊本城での汲み取り作業ため、出入りを許可する「鑑札」が現在も残っていて、熊本市の熊本博物館が所蔵しています。これは市の文化財に指定されています。

熊本博物館によると、これは徳兵衛という人が城内の汲み取りを許可されて、築城主の加藤清正から与えられたとされています。

鑑札は、古いものと新しいものが2枚現存しています。

これは徳兵衛の自宅が1745年に火事に見舞われ、古い鑑札に何が書かれているか読めなくなったので再交付されたとのことです。

新しい方の鑑札には「西北南 御門出入札」と墨書されていて、西大手門・南大手門・北大手門の出入りを許可されていたとみられます。

では、城から汲み取った人糞は、どこへ運ばれたのでしょうか。

熊本大 永青文庫研究センターの稲葉継陽教授によると、当時は木の枠で囲いをつくり、人糞や家畜の糞などを山林の草で挟みながら発酵させて「たい肥」にして使っていたとのことです。

江戸時代の後半になると、様々な作物を栽培するために多くの肥料が必要になっていくことから、汲み取りは農家だけでなく「業者」が請け負うこともあったようです。

熊本城も巻き込んだ、江戸時代の“暮らしのリサイクル”が目に浮かびます。

https://newsdig.tbs.co.jp/articles/rkk/3024169に迫る
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2026/10/22(木) 13:00:56.63ID:+tw+RAsX
2016年3月19日、ブラタモリで熊本を放映 → 2016年4月14日 熊本地震・震度7
2026年5月29日、ブラタモリ復興記念熊本 → 2026年7月28日 熊本地震・震度7
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2026/10/22(木) 14:10:41.72ID:ts8UVUQ3
うんこ城
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2026/10/22(木) 18:59:55.66ID:nHtIMOv2
城塞においては兵器としても使用する
5 警備員[Lv.0][UR武][UR防][木被臭臭臭]
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2026/10/22(木) 20:12:35.72ID:9+93yBH2
https://youtu.be/_rAnKkGRK0k
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