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「見えていなかった」在日コリアンの存在 知ろうとする人びとの歴史 [きつねうどん★]

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1きつねうどん ★
垢版 |
2026/10/19(月) 12:10:12.12ID:BEIw23qD
在日コリアンの人びとは「いなかった」のではなく、私に見えていなかっただけだった――。7年ほど、在日コリアンに話を聞いてきた記者。日本語を話し、顔立ちも似ていて、違いの見えにくい隣人だからこそ、「日本社会を鮮明に映し出しているように思う」と考えています。自身の取材を振り返りました。

■「いなかった」のではなく見えていなかった

筆者はここ7年ほど、いろんな在日朝鮮人の方々を取材してきました。

なぜ自分は在日朝鮮人の取材を続けているのか。

「決闘から始まった授業~『祖国』の教員免許とハングル講座」の連載を書くにあたって、改めて振り返ってみました。

在日朝鮮人とは、朝鮮半島にルーツを持ち、日本で暮らす人たちのこと。「在日韓国人」「在日コリアン」などとも呼ばれています。

そうした人たちがいることは、小学校の図書館で漫画「はだしのゲン」を読んだときに知ったように記憶しています。主人公ゲンの家の近所に「朴さん」というおじさんが住んでいました。

ただ、東京で過ごした高校時代まで、周りに「在日」の友人はいませんでした。少なくとも当時はそう思っていました。大学時代は何人かと出会いましたが、出自を深く聞くほど親しくはなりませんでした。

新聞記者になって1年目。取材させてもらったある芸術家は、別れ際に言いました。

「実は私、在日なんです」

4年目に取材した医師も、取材後に全く同じ言葉を口にしました。

在日は「いなかった」のではなく、私に見えていなかっただけだったのです。

在日朝鮮人の多い大阪に移っても、このテーマに近づけませんでした。

この分野に詳しい先輩記者が複数おり、「自分なんかが簡単に手を出してよいテーマではない」という気後れがありました。

■取材を経て、知人が増えていって…

入り口は偶然でした。

奈良で夜間中学の文化祭を取材したときのことです。

当初は昼過ぎに帰るつもりだったのですが、プログラムの終わりの方に書かれていた韓国の民衆演劇が何となく気になり、居残りました。

演じたのは3人の女性。堂々たる演技に目を奪われました。終演後に話しかけると、大阪の朝鮮高校の1年生でした。

「え? 15歳?」

思わず声が出ました。

3人を追いかけ続け、のちに一つの企画にまとめることになるのですが、取材の過程で在日朝鮮人の知人が増えました。

家族の歴史も生き方も様々で、韓国籍の人も日本籍の人もいました。「朝鮮籍」が特定の国家の国籍をさすものでないことも学びました。

やがて「北朝鮮」の呼称に差別的な響きを感じる人たちがいると知り、6年前の記事で正式国名の「朝鮮民主主義人民共和国」という表記を使おうとしたことがあります。

しかし社内で、記事の初出から「北朝鮮」と書くよう指摘がありました。このときはやむなく従ったのですが、後味の悪さが残りました。

呼称の変遷を改めて調べると、かつて「北鮮」という蔑称があったこと、報道各社が記事の初出を「朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)」とした時代が続いたこと、拉致被害者の帰国を機に多くの社が初出から「北朝鮮」と表記するようになったことも知りました。

親しい在日の女性にも、表記についてどう考えるか相談しました。

すると、こんな返事がかえってきました。

「名前って、その人が呼んでほしいように呼ぶもんじゃないですか」

「あんたらに呼び方を決めてほしくないし」

この言葉が、ストンと腹落ちしました。

私は、小学生のときも中学生のときも、呼ばれたくないあだ名をつけられたことを思い出したのです。むきになると、さらにからかわれました。

国名の呼称と同列には語れませんが、他人によって一方的に名づけられることの苦しさは、日本人である私も想像できるような気がします。

つづき
https://www.asahi.com/sp/articles/ASVBG0CL9VBGDIFI00NM.html?iref=sp_ss_date_article
2Ψ
垢版 |
2026/10/19(月) 13:37:13.13ID:o9J2OiPw
いや、帰れよ
3 警備員[Lv.211][UR武][UR防][木被臭臭臭]
垢版 |
2026/10/19(月) 17:19:38.22ID:xh1XeUTC
https://youtu.be/JXd7-b8sw4Q
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