探検


「休み」がなかった時代、人びとは酒に溺れた…有給休暇のルーツ「土曜の半休」が生まれた歴史 [きつねうどん★]

1きつねうどん ★
垢版 |
2026/06/27(土) 11:31:13.80ID:nQlTsVmU
「自由に使える時間」は、いつから当たり前になったのだろうか。

産業革命期のイギリスでは、「休み」のない生活のなかで深酒に溺れる労働者があふれていた。やがて人びとが「余暇」を手にしたことで、観光という新しい文化も生まれていく。

話題の新刊『観光を忘れた日本』では、日本で起きている深刻な「観光離れ」という社会問題を、観光の歴史をひもとくことで考察していく。

※本記事は、山口誠著『観光を忘れた日本』より一部を抜粋・編集したものです。

母親が乳児にジンを与えていた
 工場や炭鉱の労働者になった人びとの側の意識は、相変わらず伝統的で慣習的な社会のそれを維持し、継承したままだった。たとえば周りの人びとと共に働き、共に休み、共に生きる労働者たちは、かつての共同体の時間のかわりに標準化されていく時計時間に従うことしかできず、まして「休み」を個人的な事情から取ることなど思いつかないまま、来る日も来る日も共に働き続ける。せいぜい日曜日の午後から夜にかけて深酒するぐらいで、それも「聖なる月曜日」を迎えてしまうと、その週の給与は確実に減額されてしまう。個人的な「休み」は、ただちに貧しさと不安定さにつながる。

 そのうえ都市や炭鉱に生きる労働者たちには、守護聖人の村祭りや、収穫祭や、年中行事や、領主の祭儀などの集合的な「休み」は、もはや存在しない。そうして共同体の「休み」を失い、個人の「休み」を忌避して、週一回の日曜午後に束の間の休息を取るしかない労働者たちにとって、深酒をして日常を脱する他に気晴らしの方法はなく、それが毎週末だけでなく毎晩の習癖となっていくことで、飲酒による害毒が近代社会に広まっていった。

 こうして禁酒運動が切実に求められた1840年代のリバプールでは「労働者、日雇い労務者、奉公人階級の平均寿命はなんとわずか15歳であった」(F・エンゲルス『イギリスにおける労働者階級の状態』)とされ、マンチェスターなど他の工業都市でも同様の惨状だったという。厳しい労働条件、「休み」のない都市生活、そして飲酒中毒の蔓延などが重なり合い、近代社会が抱えた諸問題はかつてないほどに深刻化していった。

 このころのイギリスで創刊された風刺雑誌『パンチ』は、「信心深いパブ(THE PIOUS PUBLIC-HOUSE)」と題したイラストを、1860年4月14日号に載せている(下図)。

 そのパブの店内では「不純物が混じったビールやジンを飲むことになるだろう」が、「大酒呑みの英国人たち(The G.B.)は、酒害など、まったく見たこともない」という一文が記されている。だが彼らの目の前では、幼い少女がビールらしきものを一心不乱に飲み(図の左下)、また母親が腕の中の乳児へジンを与えている(図の右端)。当時は泣きやまない幼児にジンを飲ませる習慣が一部にあったという。そうして労働者たちが集う「公共の家(パブリック・ハウス、つまりパブ)」では、年齢や性別に関わりなく、飲酒が当たり前に、そして集合的におこなわれていた。

つづき
https://gendai.media/articles/-/168470
2 警備員[Lv.196][UR武][UR防][木]
垢版 |
2026/06/27(土) 12:09:51.44ID:IQFaQuND
https://youtu.be/3rHr_wEzfm8
3Ψ
垢版 |
2026/06/27(土) 13:08:29.48ID:ijvr3uTt
https://i.imgur.com/9q5ucHd.jpeg
4Ψ
垢版 |
2026/06/27(土) 13:54:43.36ID:XkY7qapa
日本でも戦時はヒロポン推進されてたくらいだしな
レスを投稿する


ニューススポーツなんでも実況