東大阪の古びた路地裏にある築年数の分からない木造アパートの一室で、男は古びたスマートフォンの画面を血走った眼で見つめていた。
男の名はPL親父こと、朴虎吉。御年78歳。

彼の世界は、インターネットの匿名掲示板の中にしかなかった。
今日も東京や関東を執拗に叩く書き込みを繰り返す。
東京への激しい嫉妬、きらびやかな都会への恨み。それらを打ち消すように、彼は「大阪のPLおじさまはいかに凄いか」という作り話のレスを何百回、何千回と投稿し、スレッドを埋め立てていった。
かつての名門、PL学園の全盛期を知る彼は、その時代の輝きだけが心の拠り所だった。
実生活では誰も彼に耳を貸さない。
だからこそ、ネットの中でだけは万能の王でいたかったのだ。
いつしかネットの住民からは、身長152センチ、体重80キロという彼の容姿や、日々の愚痴から滲み出る生活の困窮ぶりを揶揄されるようになっていた。

「こいつ、本物の鰻すら食ったことないんじゃないか?」という、どこかのスレッドの書き込みが頭をよぎる。
実際、彼の食卓にあるのは、割引シールの貼られた惣菜ばかりだ。
しかし、ネットの海に一歩足を踏み入れれば、彼は「PLおじさんは凄い」と言い張る無敵の存在になれた。
彼にとって、掲示板を無意味な文字列で埋め尽くす「埋め立て荒らし」は、社会に対するささやかな復讐であり、自分がここに存在しているという唯一の証明だった。
己に都合の悪い批判が飛んでくれば、平気で嘘をつき、別のキャラクターを演じて煙に巻いた。
画面の向こうでは、彼を「救いようのない存在」と罵る声が無数に飛び交っている。
大阪そのものの衰退を彼の存在に結びつける過激な言葉すらあった。
しかし、どれほど罵倒されようとも、無視されるよりはマシだった。

「今日はこれでおしまいや」
最後のスレッドを荒らし終え、画面を閉じたとき、部屋には静寂だけが残った。
液晶の明かりが消えた黒い画面に映り込んだのは、疲れ切った一人の老人の姿だった。
ネットの熱狂が去った後、彼を包む現実は、やはりどこまでも静かで、そして孤独だった。